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hort story

カニ
久しぶりに屋上にあがった。
五階の自分の部屋からしてみれば、視界は少し高くなっただけなのに、
全く違う気分になれるからだ。
いつもは大抵一人でぼんやり、一時間くらい過ごす。
でもその日はいつもと違った。
最初はしばらく気付かなかったが、なんだか端の方でもぞもぞ何か動いている。
近づいて、よく見てみると、カニらしい。
どうやって登ったのか、屋上には一匹のカニがいた。
どこの海岸にでもいる様な小さいカニじゃない。
深海で歩いていそうな足の太くて長い、威圧感のある大きいカニだ。
市場から直送されたものが逃げ出したのか、それとも誰かが水槽で飼っていたものなのか、
俺には分からない。
俺は急いで部屋に戻って、夏に使ったバーベキューセットを屋上に運んだ。
あんなに大きなカニを一人で食べた事が無かったので、少し興奮しながら
テキパキと準備を進めた。
火を大きくしてる間に、カニは何かに興味を持ったのか、
段々とこっちに近づいて来た。
先に焼き始めた野菜が食べ頃になった時には、カニは俺のすぐ横に座っていて、
俺が網から野菜を取るのを待っているようだった。
自分のハサミで取れば良いのに、と思いつつも、焼けたタマネギを
カニのハサミに置くと、熱がりながらも、小さい口ですぐにタマネギを食べてしまった。
あまりにうれしそうに食べるので、
なんだか俺も楽しくなって、いつのまにか一緒になってバーベキューを始めた。

それから1時間位してから、いかにも性格が暗そうな飼い主が屋上に上がって来た。
きっとこいつは、何度か屋上に脱走していたんだろう。
その飼い主は、カニと一緒にバーベキューしていた俺には何も言わず、
カニを無造作に袋に積め、屋上からさっさと降りていった。
俺は、袋の中でモガくカニを見送りながら、最後に残っていたサキイカを焼いた。
これは、あいつに食べさせたかったなあ。
と、本気でそう思った。

- written by kim -

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