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hort story

感染
気仙沼のうどん屋で、たぬきうどんを食べていると、
店の中で何かをこする様な音がする。
何の作業なんだろう、と思って厨房を覗いても誰も特に何もしていない。
席に戻るとき、俺の隣に座っていた男が目に入った。
32歳くらいだろうか、いやもっと若い感じもする。
野球帽が南海ホークスの帽子だったから、もしかしてもっと上かも知れない。
とにかくその男はうどんをかき混ぜていた。
ものすごくかき混ぜていた。
乗っていた天ぷらも細かくちぎれ、何の天ぷらが乗っていたかも分からなくなっていた。
気になっていた音の正体を見つけて安心した俺は、
気軽な気持ちでその男に「混ぜた方がおいしいんですか?」と尋ねた。
すると男はこっち振り向きもせずに、何も言わず、そのままうどんを混ぜ続けている。

無視された俺は、仕方なく自分の席に戻り、うどんを食べた。
無性にうどんを混ぜてみたくなり、隣の男を見ながら、少し混ぜてみた。

あれ?うまくなった?

まさかと思い、もう少し強めに混ぜてみた。
間違いない、格段にうまくなってる。
俺は力一杯、うどんを混ぜ始めた。
器と箸がこすれる音で、周りの音は何も聞こえなくなった。
隣の男と目が合った。
その男は少し笑っていた。

- written by kim -

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